こんにちは。
主に「ウェブマーケティング」や「テクノロジーと未来社会」に関する研修講師やコンサルティング業を生業としている株式会社イーグッドの榎本晋作と申します。
「もっと、教育熱を持つビジネスパーソンが教育的キャリアを歩むにはどうしたらいいだろうか?」
とか、そういうことをふと思い、実は本を書き始めているのですが、
「どうせなら、教育熱を持ってる人とディスカッションしたいなぁ」
とか思って、メンバーとしてたまにディスカッションやワークショップをさせてもらっているオンラインサロン『議論メシさん』にてディスカッションイベントを開催させてもらいました。
<真夏の教育ナイト@議論メシ>
「教育におけるサードパーティーや第三者的教育者の役割とは!?」
綺麗な感じでまとめてしまうと、自分の解釈がメインになっちゃうので、今回は出てきた話題を箇条書きにて紹介したいと思います。
*「教育には熱があるけど、 教育機関の教員でない存在としての教育者の役割」みたいなテーマだったのですが、 それぞれが社会や教育に対する課題を個別に感じていて、 ディスカッションは全員が予想しない展開に!!
■主に出てきた内容
こんな感じの話がでました。
↓
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- 教育とはそもそもなんだろうか?
- 斜めな立場の存在や機能(学校でもなく、先生でもない)が外的な立場で重要。(つまり、外的な教育者やコミュニティ)
- 学校以外に教育を受ける選択肢が必要なのでは?(教育機関の多様性)
- 義務教育は「教育を受けさせる義務」ではあり「学校に行く義務ではない」
- (フィンランドは学校に行かないでも教育を受けるというのを普通に導入)
- お金がある人は多様な教育を選択できるが、そこに金銭の壁があるのは、そもそも課題
- 親と学校の負担が大きいのでサードプレイスとしての教育空間がより重要になる
- 学校の強制力という機能は自己解決できない未成熟段階に有利
- 教えると教わるの受信と送信の関係は見直してはどうだろうか?(共育)
- 給食をフックにコミュニティとの連携力を強める(子ども食堂)
- そもそも「教育者」という言葉が好きではない(教育者が途中からNGワード化!!!)
- 教育空間における心理的安全性の担保方法(帰国子女は同調主義に苦しむ)
- 勉強をレジャー化するために目標設定をあえてさせない(子どもにゲームをやめさせるには目標設定をさせると効果的)
- ロールモデルとの出会いの空間をより多く創る(憧れ着火)
- そもそも、榎本提唱の「科目を創る」発想は学校や教育空間の枠におさまった発想
- 親の再教育ではなく、親が自分を解放できる空間が必要
- 親と教育期間という2つの強制力ではないコミュニティ教育機能が大事
- カタリバは最近保護者との伴走システムを導入
- 実は恋愛が最強の教育ではないか?(榎本のみ提唱)
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「教育機関と外部教育機関」をシンクロさせるファシリテーター大事なのでは?(個人的な感想)
わりかし、至極当たり前な感想をいただいてしまっている自分がいるのですが、簡単に言うと
「学校での教育」+「外部での教育(コミュニティや体験型、あとは外部教育者)」
の話です。
ただ、ここに盲点があると思っていて、それは単純な足し算ではなく、接着剤的な存在が必要ということです。
例えば、大学でも、何の考えもなしに、外部講師を呼んだり、インターンをやったりしても、そこまで機能している感覚はなく、そこには、間をつなぐファシリテーターが組織としても個人レベルとしても必要かなぁといった具合です。
自分は、現役のbusiness personですが、半分は外部講師であったり、大学の非常勤講師であったり、あとは中高生向けの教育をやっている立場でもあります。
ただ、わりかし、この接着剤的な存在になることも多く、この辺は、細かいテクニック的な部分もスキルとしては必要かなぁって感じているところです。
ちょっと、この辺の話は別の機会にさせてくださいm(__)m
本日もご拝読いただきまして、ありがとうございました。
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